東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2090号 判決 1964年4月08日
控訴人(原告) 片山弘
被控訴人(被告) 江戸川税務署長
訴訟代理人 加藤宏 外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和三一年三月一二日付をもつて、控訴人の昭和二七年分所得税についてなした更正処分のうち、審査決定で取消された部分を除く残余の部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、つぎに掲げるもののほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一、控訴人は当審でつぎのとおり付加えて陳述した。
(一) 青色申告についての更正理由の附記が要求されている所以は、すでに述べた如く、法第四六条の二第一項の制約の遵守を保障しようとするにある。この保障は、更正処分の内容として更正理由を附記せしめること自体が果たす機能である。したがつて、附記せらるべき更正理由の内容は、当該更正処分が右条項の制約を遵守するものであるとする所以を具体的、内容的に示すものでなければならない。これがまた、青色申告者に対して、濫更正防止の機能を持つのである。ところで更正とは、その実質において、申告の実体を成す個々の収支、償却等を変更する処分であり(その結果が総所得金額、課税総所得金額等の変更となつて現われるのである)、これをなしうるのは、法第四六条の二第一項により、青色申告承認にあたつて選択されていた種類の所得計算の実体を成す個々の収支、償却等につき申告に同条項所定の誤りがある場合に限られるのである。更正処分が右条項の制約を遵守しているものであるとされ得るためには、変更された個々の収支、償却等によつては選択された種類の所得額について申告額に変動を生じないものであること、もしくは個々の収支、償却等を変更することによつて選択された種類の申告所得額に変動が生ずることとなる場合にはその個々の収支、償却等の変動が右条項所定のものであることが少くとも具備されていなければならないのである。(原判決のいうごとく納税者の帳簿組織により得ない場合とは、青色申告承認の遡及的取消を意味するものでなければならない。)
青色申告承認の際に選択される所得の種類とは、法第九条第一項に定められている所得の種類である。この所得の種類とは法律上の概念であり、具体的な個々の収支、償却等がいかなる種類の所得額計算に組入れらるべきであるかもまた法律上の判断である。さればある種類の所得の額を変更するとされているだけでは、具体的にいかなる個々の収支、償却等が変更されたものであるかは明らかにならず、また具体的にいかなる収支、償却等が変更されたものであるかが明らかになつていない限り客観的にいかなる種類の所得が変更せらるべきであるかの判断をなし得ないのである。したがつて変更の実体を成す個々の収支、償却等を示すことなく、単に選択外の種類の所得の額の更正であるとされている場合には、客観的には個々の収支、償却等の変更が選択された種類の所得の計算に組入れらるべきものであるのに、そうしないこともありうるのであり、これは法第四六条の二第一項の制約を遵守しているものといえないのである。故に右条項の制約は更正の実体をなす個々の収支、償却等の変更が客観的に見て選択された種類の所得額の計算に組入れらるべきものであり、したがつて選択された種類の所得の額に変動を生ぜしむべきものである場合には、当該更正処分においてたとえ選択外の種類の所得の更正であるとされていても、なおその適用があるものとしなければならない。しかして、更正理由の内容は、当該更正処分の実体を成す個々の収支、償却等の変更が客観的にみて選択外の種類の所得の変動を招来せしむべきものである所以、換言すれば選択された種類の所得計算に組入れらるべきものでない所以であるか、または客観的にみて選択された種類の所得の変動を招来せしむべきものであるならば法第四六条の二第一項所定のものに該当する所以を示すものでなければならないのである。たとえ当該更正処分において、処分をなした主体が選択外の種類の所得の更正であると判断していても、当該更正処分の実体を成す個々の収支、償却等が同条項の制約に違背しないものであること、即ち更正理由を附記しなくてはならないものである。さればこそ青色申告制度の採用に伴い、国税庁は昭和二六年一月一日所得税に関する基本通達一―六三一において、青色申告書について更正をなす場合においては、その選択した所得の是正に基因して更正をなす場合のみならず、その選択しない所得の是正に基因して更正をなす場合においても、更正の理由を附すべきものであることに留意するとしているのである。
(二) 青色申告の更正について要求される更正理由の附記は当該更正通知書中においてなさるべきものである。更正は行政庁の意思表示であるからその更正通知書中に示される判断は行政庁の判断である。
そこで選択外の種類の所得について更正を行う場合(更正とは所得の種類別に行われるものではないから正確には「選択外の種類の所得の額を変更する場合」というべきである。)は更正理由の附記が要求されないとする原判決の論旨は、更正処分をなした行政庁が選択外の種類の所得の額を変更すべきものと判断した場合は、更正理由の附記が要求されないとすることに帰着せざるを得ないのである。したがつて、特定の収支、償却等の変更により選択された種類の所得の額を変更すべきものと当該行政庁が判断した時は、更正理由の附記が要求され、同一の収支、償却等が変更される場合であつても、これにより選択外の種類の所得の額を変更する更正処分をなせば更正理由の附記は必要なきこととされるのであり、その変更される具体的な収支、償却等の内容の明示も必要なきこととされるのである。その結果は当該更正処分が法第四六条の二第一項の制約を遵守するものであるかどうかの判定も不可能となるのである。かくては更正理由の附記が法律上要求されているその内容は、結局行政庁がこれを必要と認めれば要求されるものというに過ぎないものとなつてしまうのである。
この潜脱を排し、更正理由の附記自体に保障機能を認めるならば、行政庁の右のごとき判断にかかわらず更正理由の附記が法律上要求されるものと解する外ない。
(三) 法第一三条によると、所得税は課税総所得金額に所定の税率を適用して賦課せられるものである。したがつて具体的な所得税債務額は、個々の種類の所得に対しまたは個々の控除に対して決せられるものではない。課税総所得金額が決定すると、具体的な所得税額は法定の税率が適用されることにより自動的に算出され、決定するのである。更正とは本来個々の所得毎になされるものではなく、個々の収支、償却等が変更された結果としての、当該年分の具体的所得税債務額を決定する処分である。更正処分の法律的中核を成すものは課税総所得金額の決定にある。(法第四六条第一項参照)
本件更正中審査決定によつて取消された分を除く残余の部分においては、課税総所得金額は八、二五六、〇〇〇円とされているのであるから、控訴人の昭和二七年分の具体的所得税債務額は同金額に所定の税率を適用して算出される四、三三〇、八〇〇円であることは法第一三条から明らかである。控訴人は当時昭和二七年分所得税として一、二五六、一二二円を納付していた(このことは被控訴人も認めるところである)のであるから、差引年額は三、〇七四、六七八円でなければならない。然るに本件更正中残余の部分においては、差引年税額を三、〇八九、四八〇円としており、この金額についてその後徴収処分が行われており、原判決もこれを肯定しているのである。そこで原判決の論旨からすると課税総所得金額八、二五六、〇〇〇円に対して四、三四五、六〇二円以上の所得税債務を負担することになり、それ自体矛盾であり、法第一三条に違背するのである。
(四) 被控訴人は、控訴人の本来あるべき所得税債務額は三、〇九一、一七八円となるべきものであつた筈であるから、それより寡額の三、〇八九、四七〇円を納付すべき年税額としても控訴人に不利益ではないとする。然しながら、所得税について更正が行われた場合において納税者が具体的債務として負担する租税債務は、当該更正において示されている課税総所得金額に所定の税率を乗じて得られる金額の範囲に止まるものであることは既述のとおりである。本来あるべき税額なるものは潜在的なものに過ぎず、これを具体的租税債務たらしめるには常に決定または更正なる処分が行われねばならぬのである。したがつてその決定または更正が行われない限り納税者は具体的租税債務として徴収せられることもないのである。然るに被控訴人は決定または更正によつて具体的債務となつていないものも当然に徴収し得るものと前提しているのであつて、根本的に誤りであるといわねばならない。
二、被控訴人は、当審でつぎのとおり付加えて陳述した。
(一) 控訴人は「特定の収支、償却等の変更により選択された種類の所得の類を変更すべきものと当該行政庁が判断した時は更正理由の附記が要求され、同一の収支、償却等が変更される場合であつても、これにより選択外の種類の所得の額を変更する更正処分をなさば、理由の附記は必要なきものとされるのであり、その変更される具体的な収支、償却等の内容の明示も必要なきこととされるのである。その結果法第四六条の二第一項の制約を遵守するものであるかどうかの判定も不可能となるのである(昭和三八年二月六日附準備書面)」と主張されるごとくである。
更正にかかる所得の種類の認定如何によつては、所論のごとき結果を生じても止むを得ない。しかしそのことから直ちに「同条項の制約を遵守するものであるかどうかの判定も不可能となる」というのは些か飛躍に過ぎて、理解し難い。同条項の制約が如何なる趣旨のもとに規定されているかは原判決の説いているとおりである。
したがつて帳簿組織の備付が前提とされていない青色以外の所得に対する更正処分に、理由を附すべきか否かは、同条の規定するところではないから、これに理由を附記しないからといつて、同条第一項の制約を問題にする余地は生じ得ないのである。
(二) 控訴人の主張は、要するに行政庁が青色申告書の更正を行う場合に、その更正にかかる脱漏分の個々の収支を青色申告書の提出を認められている所得と判断して更正すべきであつたにもかかわらず、その他の種類の所得と判断して更正するという事態が生ずるという前提に立つ議論のように思われる。
しかしながら、同法第九条第一項に一〇種類の所得について規定されているが、これらの各所得の具体的な概念については、法令において明確に規定されており、また税務の執行面においても国税庁長官通達において詳細に明示されているので、行政庁が更正をなす場合に、その更正にかかる脱漏分の個々の収支が右の一〇種類の所得のいずれに該当するかの判断も自ら明らかにされ、その判断過程を誤ることのないような建前となつている。
本件の場合について見ても、控訴人が青色申告書の提出を認められていたのは事業所得についてであり、本件の更正は給与所得と譲渡所得について申告に脱漏があつたため、これを加算して更正を行つたものであり、行政庁が恣意的に事業所得を右の脱漏分の給与所得と譲渡所得にすりかえて更正するというような事態は全く考えられないところである。
さらに敷衍すれば、同法第四六条の二第一項(前記改正前)に「政府は、青色申告書を提出することを認められている個人の青色申告書の提出を認められている年分にかかるその提出を認められている所得について、前条の更正をなす場合においては、その帳簿書類を調査し、その調査に因り、所得の計算に誤があると認められる場合に限り、これをなすことができる。(以下略)」と規定されているとおり、青色申告書の提出を認められている所得について、例えば事業所得について更正する場合は、あらかじめ納税者の記帳している帳簿書類を調査し、その結果記帳計算が正当に行われておらず、売上脱漏、架空仕入等を発見したとき、その判明した事実に基づいて更正するのであるからそもそもその事実上の取引にかかる脱漏分を事業所得以外のその他の所得と判断して更正するというような事態は、右の調査の過程または実務の執行面から見て全くあり得ないことと考えられる。
したがつて、右のことから見て控訴人の主張は単なる杞憂に過ぎず、現実と遊離した観念論であり、この議論の前提に立つておよそ青色申告書の更正を行う場合は、その更正にかかる所得が青色申告書の提出を認められている所得であろうとその他の所得であろうと、すべて更正の理由附記が必要とされると主張されている控訴人の見解は、被控訴人にとつて納得のできないところである。
(三) 控訴人はさらに、基本通達六三一が青色以外の所得につき更正をなす場合においても、更正の理由を附すべきものと定めていることを捉えて、本件給与所得及び譲渡所得について更正の理由を附記しなかつたのは違法であると主張しているが、右通達は、民主的な納得のゆく税務行政により無益な争訟を防止し、かつは青色申告制度を育成しようとする見地から懇切丁重な取扱をなすべきものであることを示達したもので、この取扱の遵守如何が法の解釈を左右するものとはいえないであろう。
理由
当裁判所の判断は、左記一、二のとおり付加えるほかは、原判決理由の記載と同一であるから、これを引用する。
一、控訴人は「青色申告書の更正を行う場合には、その更正にかかる所得が、青色申告の承認を受けるに際し選択した種類の所得であると、選択外の種類の所得であるとにかかわらず更正理由の附記を必要とする。そうでないと、選択した種類の所得と認定して更正をなすべきであつたにもかかわらず、誤つて選択外の種類の所得と認定して更正を行うということが生じ、この場合は理由の附記がされない。その結果、青色申告書の更正理由の附記が行政庁がこれを必要と認めれば要求されるというものに過ぎないものとなつてしまう。これは当該更正処分の主体の判断を絶体視することであり、更正理由の附記による保障を失わしめるものである。」旨主張する。しかしながら、青色申告制度においては、納税者は青色申告書提出の承認を受けた種類の所得については、法の定める帳簿書類を備付けることを要し、この記帳に基づいて申告し、他方税務官庁もこの種類の所得の更正をなす場合には、その帳簿書類を調査した結果、所得の計算に誤りがあつた場合に限り、できるのであつて、かつ更正についてはその帳簿書類中の誤りを指摘し、書類の記載よりも信憑力のある資料を摘示して、更正の具体的根拠を明らかにしなければならないのである。したがつて帳簿書類の備付を要求されないその他の種類の所得の更正については、法第四六条の二第二項において理由の附記を要するとしているのではない。控訴人は事業所得についてのみ青色申告書の提出を認められていたところ、本件更正においては控訴人の申告した事業所得の額については何らの更正もなさず、他の所得について更正をしたのである。当裁判所で真正に成立したものと認める乙第一号証によれば、給与所得と譲渡所得を加えたにすぎなく、これが更正の通知書に明記されていたことを推認しうるのである。しかして、このような場合には、控訴人のおそれるように、税務官庁の恣意または過失により、更正にかかる脱漏分の個々の収支、償却等が青色申告書の提出を認められている所得であるにもかかわらず、これを他の種類の所得として更正を行い、これに更正理由を附記しないというような事態は生じ得ないのである。もし控訴人のおそれるような事態が現実に生じたとすれば、そのときには同条第二項の定める更正理由の附記を欠くものとしてその効力を争うことができるのである。したがつて、行政庁が青色申告書の提出を認められている所得を、他の所得と判断しても、同条第一項の制約を潜脱することはできない。控訴人指摘の通達も、同第二項の規定のほかに税務官庁に対し新たな法律上の義務を課したものと解することはできない。それゆえ、本件更正において理由を附記しなかつたのは、同条項に違反するものではない。
二、つぎに控訴人は「控訴人が扶養親族として扶養控除を受けることができない者を扶養親族として確定申告をしたのは事実であるが、本来あるべき税額なるものは潜在的なものに過ぎず、これを具体的租税債務たらしめるには、常に決定または更正処分が行われねばならない。したがつて、決定または更正が行われない限り、納税者は具体的租税債務として徴収されることはない。本件では課税総所得金額は八、二五六、〇〇〇円とされているから、控訴人の具体的所得税債務額は所定の税率を適用して算出される四、三三〇、八〇〇円であり、控訴人は同年度に所得税一、二五六、一二二円(源泉徴収)を納付していたから差引年税額は三、〇七四、六七八円でなければならない。しかるに本件更正中残余の部分において、差引年税額を三、〇八九、四八〇円とし、その後徴収処分が行われているのは、法第一三条に違反する。」旨主張する。
本件審査決定においては、扶養控除につき控訴人の誤つた申告に基づいて六人分一〇五、〇〇〇円の控除を認め(正しくは四人分七五、〇〇〇円)て差引課税総所得金額を八、二五六、〇〇〇円とし、他方源泉徴収税額は一、二五六、一二二円であるのを一、二四一、三二〇円と誤り、差引年税額を三、〇八九、四八〇円と定めたが、右誤りを是正すると、差引課税所得金額八、二八六、〇〇〇円、差引年税額三、〇九一、一七八円となることは、原判決に示されたとおりである。しかし、抗告訴訟においては、裁判所は原処分の理由及び審査請求の理由に限定することなく、その処分の基づく法規全般について法律上の当否を審査すべきである。それゆえ、本件においては控訴人も審査請求の際主張しなかつた事実を主張することができる(弁論の全趣旨からみて、控訴人は審査請求において源泉徴収税額につき争つていなかつたと認められる)とともに、被控訴人も本訴で争われている処分で決定された税額を維持するため更正決定及び審査決定の当時主張していなかつた事実を主張することは違法ではないし、これらの事実に基づいて右処分の当否を判断することも許さるべきである。そして右扶養親族についての申告の誤りと、源泉徴収税額の誤りを是正するときは、審査決定で定めた差引年税額は正当な差引年税額の範囲内であり、違法でないことは、原判決の説示するとおりである。
三、よつて、控訴人の本訴請求は失当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 脇屋寿夫 渡辺一雄 太田夏生)